保科洋の指揮法講習会に参加される皆さんへのお願い

このたびは、保科洋の2020年度指揮法クリニックにご参加いただきましてありがとうございます。本講習会は、限られた2日間の指揮法クリニックですので時間が非常に大切です!

そこで、講習会をスムースに進行させるために、以下の項目をお読みいただいて、クリニックで多用される用語等の予習をしておいていただきますよう、ご協力をよろしくお願いいたします。

 

フレーズとは

今年のテーマは「フレーズの表現」です! 文章構造において、ある完結された表現内容を表すセンテンス(文)が、単語や熟語及び接続詞、助詞など多くの文節や句で構築されているように、音楽の構造においても、ある程度完結された音楽的内容を包含している音群があります。この様な音群を「フレーズ」と称しています。「フレーズ」は通常、複数のグループや複合グループによって構築されています(後述グループの項参照)。

楽曲(の旋律)とは「フレーズ」が幾重にも連なって構築されています。ですから「楽曲を如何に表現するか」という命題は「フレーズを如何に表現するか」という命題を解決しなくては達成できません。指揮者の最も重要な役割は、この「フレーズ」を如何に解釈し表現するか、ということと言っても過言ではないのです(今年のテーマはこのことを念頭に設定しました)。

できれば皆さんも是非、音楽辞典などで「フレーズ」を調べておいてください。辞書によって記述の仕方が微妙に異なりますが、内容的には上記の記述内容を網羅しています。ただし、最も重要なことは、どの辞書もフレーズの長さについては断定していないことです! 実はフレーズの長さは決まっていません! 作曲者がその旋律を創案した際には、作曲者の頭の中ではそのフレーズの長さは決まっていたかもしれません、が、フレーズの長さ(内容も)は演奏によって如何様にも変えられる(変わってしまう)のです! 演奏者が、~このフレーズはここからあそこまで~、と思っていても、演奏の仕方によってはそうは聴き取れない(伝わらない)ことがあります!(演奏とは、聴き手に奏者の意図が伝わらなくては意味がありません!)

では、どうすれば意図したように伝えられるのか、、、これが今年の指揮法講習会のテーマの目標です。しかし限られた時間と制約の中で、この演奏者にとって永遠の、しかし 最も魅力的な課題である「フレーズ」の表現 に立ち向かうには限界があります。そこで少しでも時間を節約するために皆さんに事前予習をお願いする次第です。

以下に音楽表現の基礎となる事柄・用語などを列記しておきますので、必ず目を通しておいてください。

 

音楽は「音」という物理現象を媒体として意図を伝達する

これはあまりにも周知の事実ですが、当たり前すぎてあまり深く考えられてないように思います。しかし音楽は「音」が唯一の伝達道具なのですから、道具の特性(特に物理的な)を理解しておくことは、魅力的な音楽表現を志すためには避けて通れません! 「音」の物理的特性とは以下のようにまとめられます。

 

音の物理的特性(音の三要素)

音を生み出す(空気を振動させる)ためには、何らかの力学的エネルギーが不可欠ですが、その結果生 じた「音」は下記の三種の物理的特性によって特徴づけられます。

これを、この講習では「音の三要素」と呼んでいます。

  • 「振幅」 音の強弱:振幅が大きい(音を出すのに要したエネルギーが大きい)ほど音は強くなる。
  • 「振動数」 音の高低:振動数が大きい(エネルギー大)ほど音は高くなる
  • 「波形」 音色:波形が異なると音色が異なる。エネルギー量が変わっても音色は変化しない*

* 奏法を変えることで音色を変えることは可能です。ただし音符そのものには音色を記述する機能はありません! この事実は非常に重要です! それは、楽曲をどの様な音色で演奏するかは作曲者は記せないのですから、演奏者の感性に託している(託さざるを得ない)という事だからです。つまり演奏者の自己表現の最大の武器は音色なのです! 聴き手が音楽(演奏)に感動する非常に大きな要因の一つは、作品の内容にマッチした音色である事は誰もが経験している事でしょう。

 

音符の情報伝達機能(音符の三機能)

音楽を記述する文字は「音符」ですが、その音符は、驚くべきことに、下記の三種類のことしか記述できません*! これを、本講習では「音符の三機能」と呼びます。

  • 「音の長短」(音長):さまざまな音価(音の長さ)の音符を使い分けることで記す
  • 「音の高低」(音高):さまざまな音高の変動は五線譜上に音符で位置を指定することで記す
  • 「音の集積」(音積 **)
    • (a) 五線譜上に高さの異なる複数の音を時間的に同時に記す(和音など)
    • (b) 複数の五線譜を使って同じ音高の複数の音を時間的に同時に記す
    • (c) 上記 (a) (b) を組み合わせて記す

*変幻自在な音楽の表情がたった三種類の伝達機能しかない音符で表現できているって驚きですよね!

**(音積)とは(音長)(音高)にならった私の造語で、複数の音が時間的に同時に奏されるすべての状態を意味します。

 

音の三要素と音符の三機能の対応

音の三要素と音符の三機能は、ある仮定を導入することで、対応させることができます。
ある仮定とは、「振幅の大きさは、音長の長短で表現することができる」という仮定です。
端的に言えば、音の長さとは大きさ(強さ)の結果として生じた現象であるということです。

この仮定に至った背後の考察については、当日参加者に配布する講習テキストをご覧ください。

これにより、音符が音そのもののエネルギーの起伏を表現している(そういう機能を、音符は潜在的に持っている)とみなすことができるようになるのです。

  • 音の三要素(振動数)ー 音符の三機能(音高)
  • 音の三要素(振幅) ー 音符の三機能(音長)*
  • 音の三要素(音色) ー 対応なし(音符ではなく楽譜全体では、ある程度表現可能**)

*この対応は私の演奏解釈の考え方の根幹をなす仮定です! つまり、「音長」=「音量」!(注)
音のダイナミクスは強弱記号で記す以前に音長が示唆している、ということです。ちなみに、一般的には音の強弱は強弱記号で記すと理解されていますが、強弱記号で記せる音量は非常に目の粗い記述で、音長が表す内容に比べて繊細さで劣ります。特にフレーズ内の起伏のような繊細なニュアンスを必要とする箇所では強弱記号は不向きです(一音符ごとに強弱記号が指示されているような楽譜を想像してみてください。煩雑すぎると感じませんか?)

**オーケストレーションや和声の工夫によって、楽曲全体の音色のコントロールはある程度可能ですが、音符単体に音色を指定する機能はありません。

(編集注:経験的に、この仮定が当てはまらない例をいくつでも思いつける、という方もいらっしゃると思います。この問題は、記譜の音長ではなく、次項の「骨のリズム」を考慮して分析するとほぼ解決できます。)

 

骨のリズム

楽譜は、音符によって書かれています。リズムは、その音符の三機能のうち「音長」の組み合わせにより決定されます。

しかし、実は楽譜に書かれている音符とは、相当なパーセンテージで本来の音が分割(装飾)されているのです。「骨のリズム」とは、私の造語で、分割(装飾)されたと推測される音群について、その元の形を想定したときに現れるリズムを指します。

どの音が装飾された音で、どれがそうではないか、の見極めこそが演奏解釈で、経験と分析力を要求される課題ですが、どのように分析するかは、後日講習参加者に配布する講習資料をご覧ください。

「骨のリズム」の解釈は非常に重要です! その解釈によって「重心」(次項参照)の位置が変わってしまうからです。つまり、全く異なる表情になってしまうのです。

 

グループ(複合グループ)と重心

フレーズ内の個々の音符は、一般的には単独では音楽的な意味・内容を含めることが出来ません(例外はあります)。音符に音楽的な意味・内容を含ませるには、文章中の単語が複数個の文字で出来ているように、 複数個の音符をまとめて「グループ」化する必要があります(この作業をグルーピングといい、演奏解釈の基本中の基本になります)。

このグループが音楽における単語に相当します。さらに、複数のグループが集まって作られている「複合グループ」という表現単位もあります(文章の熟語あるいは合成語に相当)。

文章 の単語にアクセントがあるように、グループにも表現の核としてエネルギーが最大になる音が必ず存在し ます。この音のことを、このクリニックでは「重心」と呼びます。なお、複合グループでは「重心」は必ず複数個内在します。この「重心」が核になって、グループ内には必ずエネルギーの起伏が生じます。この様相は、山の頂上とその稜線を上り下りする状況に似ています。つまり頂上に登るにはエネルギーの付加(増加)が必要ですし、下る時にはエネルギーを減少させないと転げ落ちてしまうでしょう。

「フレーズ」は「グループ」および「複合グループ」が連なって構成されています(「複合グループ」がそのまま「フレーズ」になっていることもあります)。ですから「フレーズ」内には必ず複数のエネルギーの起伏が潜在していることになります。「フレーズ」の表現とは、端的に言えばこの「フレーズ」内のエネルギーの起伏を表現することです。

 したがって、「フレーズ」を表現するためには、先ず「重心」を探さなくてはなりません! 「重心」を見つけるためのヒント・ガイドについては、当日の講習資料をご覧ください。

 

楽曲分析(アナリーゼ)

グループやフレーズの接点は、楽譜に明記されているものではありませんが、音符の三機能と音の三要素の関係や骨のリズム、そして作曲者が楽曲に込めた情動(エネルギー)の収支を考慮すると、多くの場合、選択肢はいくつかに絞られます。この作業を楽曲分析(アナリーゼ)といいます。アナリーゼの視点・方法はその目的・用途によって異なりますが、演奏のためのアナリーゼとは、楽曲のフレーズを整理し(フレージング)、そこに潜在しているエネルギーの起伏を読み取って演奏のための青写真を作ることです。具体的には以下の3点でしょう。

  • フレージング(含、グルーピング) = フレーズ(グループ)の接点を見つける。
  • フレーズ内の起伏の整理 = 重心の設定、複数の重心のコントラスト(音量の設定)
  • 各フレーズの内容にマッチした音色の工夫(指揮者の感性が問われる)

これらは解釈によって微妙に結果が異なってきますが、それが音楽の特性であり魅力でもあります。指揮者にとって演奏解釈は命とも言うべき重要課題で、演奏解釈(つまり、その根拠となるアナリーゼ)こそが演奏家の存在価値そのものと言っても過言ではありません。

 

フレーズの表現

グループやフレーズの切れ目を判別し、それぞれの重心がどこであるかを決定したら、それをどのように表現するかを考慮します。
これは、音符の3機能を、音の3要素に変換する作業、ということになります。

まず、大前提として、重心に向かう音符ではエネルギーが増大、重心から離れていく音符ではエネルギーが減少する表現が必要になります。

この、エネルギーの増大・減少が演奏に伴わなければ、観客は「そこがフレーズ(の切れ目)である」ということを認識することができません。
したがって、程度の差こそあれ、フレーズを表現するということは、重心を中心にエネルギーの増大と減少を表現する、ということと同じ意味となります。

音の3要素のうち、音高は記譜された音から変更できませんので、エネルギーが増大・減少する様相を表現する場合には音量の変化を活用します。
音量の増大だけではエネルギーの増大幅を表現しきれない場合、重心に向かう過程でテンポが圧縮するアッチェランドや、重心頂点付近で音長が記譜より長くなるアゴーギクを伴うことがあります。
逆に、エネルギーが減少していく様子を表現する場合には、音量が小さくなりますが、音量の減少だけではエネルギーの減少幅を表現しきれない場合は、テンポがのびるリタルダンドやフェルマータなどを伴うこともあります。

より自然な表現にするには、文章を朗読する際に大事な単語の部分を特に強調するように、楽曲の表現でも、フレーズの中で一番表現したいグループ(とその重心)を決め、そこを中心に大きな山をつくるような表現を行います。しかし、その山に登る途中、降りる途中では、いくつかのグループがありますので、そのグループの重心近傍では小さな起伏が起きます。これはちょうど、自然の山並みが、よく見れば頂点だけでなく方々に小さな起伏があるのと似ています。

多くの場合、作曲家はフレーズの山がどこかを明示するために、クレッシェンドやディミニエンド、その他の音楽記号でフレーズの頂点のみを指示しています。

しかし、それは、その他の小さな起伏を無視してよい、という意味では決してありません。

だからこそ、演奏者はきちんと楽曲分析を行い、小さな起伏を自身のセンスで表現する必要があり、そこにこそ、演奏者の個性が発揮されるのです。

以上、講習会で実習する内容に必要な予備知識の一端を紹介しましたが、音楽の表現を文字で解説するのは限界があります。実際の「音」を伴わなければ、文字通り「絵に描いた餅」でしかありません。上記の具体的な内容はできる限り講習会で実演したいと思っていますので、ご協力を(特にプレーヤーとして参加される皆様には)お願いします。

それでは1月18日、加東市東条文化会館コスミック・ホールでお会いしましょう!! 楽しみにしております!

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