Q:速いテンポの曲で、奏者が走り過ぎてどんどん速くなってしまった時に、指揮者はどのような指示で制御するのが適切でしょうか?例えば、アルメニアンダンスの最後など。

 

答)アマチュアのプレーヤーの多くは例えば4分音符を奏する場合、音を出すタイミングはテンポに合わせて奏せても、音をリリースするタイミングまで意識が及んでいない場合が多くあるような気がします。駆け出す演奏の大半は、音符の長さを支える意識が欠如していることが原因と思いますので、普段の練習時に、音符の長さいっぱいに音を支える習慣を訓練すると良いと思います。例えばアルメニアンダンスの「行け行け」の264〜266小節で全員が4分音符の掛け合いをする箇所などでは、4分音符を16分音符4個に意識させてその4個の16分音符を全部テヌートさせる練習をすると直ってきます。そして指揮も拍の頭だけではなく、音符の長さいっぱい音を減衰させないような振り方(脱力しない振り方)が必要です。ただし、基本的に50名ほどのプレイヤーが同時に加速する状況になったら指揮者がどんなに頑張っても勢いは止められないでしょう。普段の練習で音符の長さいっぱい音を支えることを習慣づけることが肝要です。

Q:初めての聴講で、目から鱗の連続です。スクールバンドや音楽経験の浅いアマチュア等のバンドで指揮する場合、いわゆる「指揮の見方」を伝えるのに苦慮してしまいます。私の指揮の技術のせいと言えばそれまでなのですが…どのようなアプローチで指導するのが良いのでしょうか?

 

答)難しい質問ですが、私が初めて接するバンドを振る場合の心構えをお話ししたいと思います(全てのバンドに通用するかどうか分かりませんが)。私は指揮棒を振るときに「どんなニュアンスの音を出して欲しいのか」を必ず考えます。それを奏者に伝えるのが指揮の基本と思っていますので、、、。音を出すタイミングを伝える技術は(講座でやったように)ボールを放り上げて受け取ることで伝えられます、が、ボールでは「大きさ」は無論のこと、柔らかな音、硬い音、スピードのある音、etc.など、音のニュアンスまでは伝えられません。それを伝えるためには、指揮者は有能なパントマイムの役者のように身振りで欲する音のイメージを表現しなくてはなりません。その方法は数限りなくバリエーションがあると思います(指揮者が最も個人差のある演奏家である所以です)が、まずは指揮者自身がイメージを膨らませることでしょう。合わせることにばかり意識すると余分なプレッシャーを与えてしまい、ますます合わなくなってくるものです。音は合うものだと割り切ってイメージを伝えることに専念してみてはいかがですか。

Q:社会人バンドや学校で時々指揮をさせていただいています。
まず楽譜を演奏できるようになるまでの段階と、その後演奏に表情をつけていく段階とで、指揮棒の振り方を変えてもいいのでしょうか?それとも、最初から最終的な振り方をしておく方がいいのでしょうか?

 

答)この質問は講座の中でもお答えしましたが、中途半端な部分もあったと思いますのでもう一度お答えしましょう。基本的にはプレーヤーの経験度と練習回数によって変わってくると思いますが、まず経験度の多いプレーヤーの場合は最初から最終的な振り方をすべきでしょう。練習回数が少なければ尚更です。しかし、スクール・バンドで初心者が混ざっている、あるいは多い場合には棒の見方の訓練という意味合いも含めて分かりやすい指揮から入る方が効果的だと思います。特にスクール・バンドでは練習時間が社会人バンドに比べて多く取れる場合が多いので尚更です。ただし、注意すべき事は、指揮者自身がその切り替えをスムースにできないことが結構あります(これは簡単ようで実は結構難しい)。日頃から意識して両方を適宜試すと良いでしょう。

Q:基本的に音価の長い音はエネルギーが大きいので、音も大きくなると思いますが、例えばアフタクトに四分音符、次の小節の頭が二分音符の時、フレーズの最初となるとアフタクトの方が音価が短くても大切にしっかり演奏するようにしています。これは正しいでしょうか?

 

答)アフタクトが四分音符、次の小節の頭が二分音符の場合、四分音符を大切にする意識は間違ってないと思います、が、基本的には次の小節の二分音符とのバランスの問題です。アフタクトの音とは、本来次の拍頭の音をより効果的にするための音ですから、主役の拍頭の音の影が薄くなるようなアフタクトの表現はやり過ぎでしょう(もちろんそのような曲が皆無ではないでしょうが)。
質問とは外れますが、例えば4/4拍子の曲で8分音符2個のアフタクトがある場合、一般的には最初の8分音符を丁寧に表現して後続の8分音符は拍頭の音へつなぐ経過的な音として処理するのが適切な場合が多いようです。
何よりも、楽譜上の音符とは全ての音符が音楽的に同等の価値を持っているわけではないのです! その軽重を判断する(これが楽曲分析)ことこそが指揮者の最も重要な役割ですから、、、。

Q:初めて受講いたします。
四拍子のリズムのパターンで、1拍目が休符の場合は、どう指揮をするのでしょうか? 前回の講習でアドバイス済みかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

 

答)素晴らしい質問ありがとうございます! 時間に追われて説明をしませんでした(ごめんなさい)。
1拍目が休符の場合を文章で説明するのは非常に分かりにくいのですが、我慢してお付き合いください。(4/4拍子で説明しますと)例えば1拍目が休符で2〜4拍に音がある場合(レジュメの譜例1の8番)で説明します。
①まず指揮棒を打点の位置にセットして、腕は止めたまま指揮棒の先だけを指を使って指揮棒の先だけを上に小さく振り上げます(約20センチ程度、この動きが4拍の点後の動きになります。下記の)。
②振り上げた指揮棒の先を打点まで振り下ろし(この動きは1拍の点前の動きになります。下記の)、
③次ので勢いよく1拍の点後の動きを上に振り上げます(これが2拍目に対する予備運動です。下記の)。
④その後は2〜4拍の点前の動きまで振り、①に戻ります。

以上の一連の動きが4拍の点後の動きから4拍の点前の動きまでの1小節の動きになります。
2ト3ト4(以下同様)
この動作の中で注意すべき点は①〜②の間は決して腕を動かさない(指先だけで指揮棒を動かす。指揮棒を使わない人は人差し指で行う)ことです! そして③ので思いっきりよく腕を使って振り上げることです。①〜②で少しでも腕が動いてしまうと非常に歯切れの悪い見にくい指揮になってしまいます。

なお、4拍の点後のは次の1拍目が休符なので本来は指揮棒を止めるべきなのですが、1拍目が休符の場合は4拍の点後ので指揮棒を止めてしまうと1拍目、つまり小節の頭が分からなくなってしまいます。アンサンブルではずっと休んでいるパートもあるので、小節の頭が不明瞭だとアンサンブルに支障を起こしかねません。そのような理由で、1拍目が休符の場合に限って音がなくても小節の1拍目を全員に認識させるために上記のような振り方をするのです(もちろん、この振り方が最善というつもりはありません。他の方法もあるでしょうが、私はこの振り方で通してきたので自信はあります)

以上、ビデオに収録いたしましたので、こちらもご覧ください。

Q:バウンド分割はアウフタクトから始まるケースでもありえるのでしょうか?
例えば「天国と地獄」の冒頭はアウフタクトで始まりますが、バウンド分割に当てはまると感じました。

 

答)アウフタクトから始まる「バウンド分割」はありません! 私が「バウンド分割」と命名したリズムの定義は「強拍に短い音があり弱拍に長い音がある音群で、音群中で和音が変わらないことが条件(和声が変わらない点は講座では触れませんでしたが重要な条件です)」という音群です。なお、ここで言う強拍とは、後続する長い音に対して強い位置という意味で、拍子の強拍に限りません。
ご質問の「天国と地獄」のアウフタクトですが、アウフタクトとは一般に後続する1拍目を効果的に装飾する機能を司どるものなので、1拍目より強調されることはありません。仮に「天国と地獄」のアウフタクトを強調して1拍目をアウフタクトより弱く演奏したら、聴く人にはアウフタクトの最初の音が1拍目のように聴こえてしまうでしょう(この曲を聞き慣れた人なら補正して効くかもしれませんが、、、)

Q:テキスト23ページ、譜例18のご教授に関する質問です(質問内容は譜例の少し前、215小節目も含みます)。この個所の店舗の揺らぎについて質問します。
220小節目以降のクレシェンド等は215小節目周辺のエコーであることに注意するということは理解できました。
220小節目でpopco allarg. があり、222小節目でさらにpoco a poco ritenuto があります。その中で先生の演奏は220小節目でテンポをゆったりとお取りになってから221小節目でいったん戻されています。このように演奏されていることが、私はたまらなく大好きなのですが、実は私の場合はクレシェンドもオーバーにかけてしまっています。この個所についてはテンポを一旦緩めることとクレシェンド、デクレシェンドを一体のものとして考えてしまっていました。
このようなことに陥ってしまわないための解釈の仕方のコツのようなものがあれば、ご教授いただければありがたく思います。
余談ですが、215小節目の3拍目,216小節目の1拍目もpoco ritenuto をかけ、元に戻します。不自然でしょうか・・・

・(質問)このようなことに陥ってしまわないための解釈の仕方のコツのようなものがあれば、ご教授いただければありがたく思います。

 

このご質問に対する回答は講座でも申し上げましたが、楽譜と違う状態(常識的に考えられる様々なパターン)を想定してそれとの比較で楽譜の音の意図を推し量るという方法をお勧めします。例えば、ご質問の220小節の3拍目がもしも8分音符2個であったら、、、果たしてpoco allarg. したくなるだろうか?
というように考えてみるのです。それでいつも回答が得られるとは限りませんが、楽譜の見方が変わってくると思います。レジュメにも書きましたが、音楽とは音のエネルギーの変動を表現する芸術ですから、作曲家が描いたエネルギーの変動とはどんな状態なのかを音符の推移から読み取ることが演奏家に課せられた宿題です。

・(質問)余談ですが、215小節目の3拍目,216小節目の1拍目もpoco ritenuto をかけ、元に戻します。不自然でしょうか・・・

 

素晴らしいです! 不自然どころかそれこそがReedが意図した表情でしょう。215小節3拍目はこの曲唯一のffです。つまりReedが最も大きなエネルギーを付加して欲しいと指示した箇所です! したがって215小節3拍目が長めに変化するのは非常に自然です(音量=音価の原則を思い出してください)。この変化は微妙過ぎて音符では書けません! このようなエネルギーの変動によってテンポが揺らぐ現象をアゴーギクと言いますが、昔からアゴーギクとは音楽的な演奏を行うには欠かせない表現法として多くの演奏家が活用してきました。あなたがこの箇所でアゴーギクを伴う表現をしたくなったとすれば、それはあなたが楽譜からエネルギーの変動を感じ取っている証ですから、その感受性に誇りと自信を持つべきです。

Q:4-2【「重心」の設定】のa)〜h)の順番は、重心になる可能性の高いものからでしょうか?それとも理解が容易なものからでしょうか?

 

答)大体は可能性の大きいもの順です。ただし、作曲家によって幾分使い方に特徴があって必ずしもこの順通りではない曲もあります。「重心」は、作られる原因によって「重心」の質が変わるものです。作曲家はどのようなニュアンスの抑揚を表現したいかという意図を実現するために「重心」を生み出す方法を使い分けます。例えば、マーラーは、交響曲第一番「巨人」の終楽章、第二テーマ(この旋律は数ある名旋律の中でも、私が最も好きな旋律です)はすべての「重心」が倚音で作られています。このことが、あの旋律のえも言われぬ哀愁感を生み出しているのでしょう。ぜひ聴いてみて下さい。単純に長くて高い音ばかりを使っていないことが分かると思います。

Q:他の方の講習では、楽曲分析というとほとんど和声や調性の分析に費やしていました。和声分析と旋律の音形の分析とでは、「重心」の設定においてどちらが重要でしょうか?

 

答)楽曲分析とはそれを活用する目的に応じて視点を変えるべきです。演奏のための楽曲分析とは、楽譜という作曲家の手紙を聴衆に読んで聴かせるための事前準備です。つまり作曲家が伝えたかった内容を理解して台本(つまりどのように演奏すべきかというガイド)を作る作業と言えましょう。作曲家の創作時のエモーションの変動を最も分かりやすく描いたものが旋律ですから、演奏のための楽曲分析とは、まず旋律を分析することから始めるべきでしょう。そして変動の起伏の局所的な中心・軸が「重心」ですから、旋律の分析は「重心」の設定から手掛けるのが基本です。ただし旋律からすぐに感じ取れる「重心」は分かり易いだけに表面的な姿が多いようで、内面的な苦悩とか悲しみの表現には別の方法がとられていることが多いです。「重心」の量だけではなく、質にも注目して欲しいです(この質問の前の質問の答えも参考にして下さい)。

Q:自分が思う旋律の抑揚をつたえるためには、教師が言葉で伝えたり、模範として「歌う・吹く」という手本を見せることで指導しているのですが、なかなか上手くいかず、苦戦しております。
もし、他に手立てなどご助言いただけるようでしたらお教えいただきたいです。

 

答)基本的には適切な指導法をなさっていると思います。楽器が上手くなる、歌が上手くなる、のに最も基本的かつ効果的な方法はお手本を聴かせることだと思いますから、、、ただ、それだけではなく生徒さん達にも考えさせることも効果的だと思います。私がある講習会で試してみせて見学している先生方が納得された方法をご披露しますと、
例えば、ある曲の最初の4小節でどこが「重心」かを子供たちに尋ねると、子供たちは質問の意味が分からないようで、怪訝そうな顔をしているので、私の方から何箇所か「重心」の候補をピックアップして、どれかに挙手するようにいうと、子供たちはおずおずとバラバラに手を上げました。そこで、それでは順番にそれらを歌ってみましょう、と言って4通りほどの「重心」の候補を意識して順番にみんなで歌ってもらいました。
条件は一つだけ! それは「重心」の前にある音は全部登り坂(cresc.)、そして「重心」の後にある音は全部下り坂(dim)。この条件だけでそれぞれを歌って貰ってから、改めてどれが良かったかを訊ねると、殆ど全員一致で答えがある箇所に集中しました。そこで、それではその「重心」でもう一度歌いましょう、と言って歌わせたらそれまでとは全く違う音楽的な表情で見事に歌ってくれました。
つまり、「重心」を肌で感じて歌うのと、何となく音符を歌うのとではこんなに表情が違うということをまざまざと示してくれた瞬間でした。参考になったでしょうか?